2006/07/20
予め断っておくと、Adobeが販売している件の製品を用いて離脱体験を試みることは、現在では「メーカサポート対象外」となっている。なんのことはない、以前はこの製品についていた機能がある日告知なしに名称を変え、その機能の「本来の用途」に関する記述が抹消されてしまったのである。
この後に続く文中、特定のAdobe製品の名はすぐには出てこないかも知れない。しかし、Adobeをとりまく買収・合併の近代史を多少なりともご存知の方ならば、間もなく関連に気付くに違いない。
私自身にとっては既に10年近くホットなトピックでありながら、日本語圏で言及されているところを一切見たことがなかったため、この度まとめてみることにした。
Windowsで動くオーディオ編集用のソフトウェアを、これまでに初心者向けからプロ・ユースまで結構な数に触れてきたが、殊に異彩を放ち今も忘れられない一つに"Cool Edit"がある。
洗練されたインターフェースのテスト信号生成機能に加え、オーディオ・プラグイン百花繚乱となる前夜にしては結構な数の付属エフェクト、レベル調整だけする分には申し分のないマルチトラック機能。変り種として、DTMF生成なる機能もあった。これは入力した数字に応じて電話のプッシュトーンを生成する機能で、作成した音声を再生しながらスピーカに受話器を向けると、しっかりと電話をかけることができた。(電話帳代わりのオーディオCDなんてのを作って遊んだりもしたが、使い勝手は最悪)
その中に一つ、他のツールには見たことがなく(もちろん一般的なエフェクトの名称でもなく)、どうしても用途を理解できない機能に"Brainwave synchronizer"というのがあった。手頃なことにpdf形式のマニュアルが付属していたので、目を通してみることにした。
"Brainwave Synchronizer"。主に二つのパラメータ{Depth}と{Frequency}で制御する。音像を左右に揺らし、かつ何かしら独自の処理を施すことにより、あらゆる音源を「α波誘発音源」に変えてしまうという実に強力な機能らしい。
この機能をオーディオファイルに適用し、揺れの速度を15Hz(平常時の脳波)から徐々に4Hzぐらいまで下げることにより、脳波をそれに同期させることができるという。4Hzというのは、いわゆるα波が出ている時の脳波の周波数だそうだ。
ベースとなる素材としては、気分的な高揚を招かない音楽なら特にソースは問わないが、同ソフトで生成したノイズがもっとも良いとも書かれていた。また、音像が左右に揺れるので、わずかでも効果を期待するならヘッドフォンで聴くことが必須条件になる。
ちなみにこの"Cool Edit"のマニュアル、確か60ページ近くあったうち、最後の見開き数ページ分、つまり4~6ページはご丁寧にも大脳生理学らしきものの話に割いてあった(あくまで脳波の話が中心で、シンセサイザーの入門書にあるような、いわゆる音響物理学や音響心理学とはほど遠い内容)。α波以外にも、β波だのγ波だのと、脳が各種状態にある時にどのような周波数の脳波が発生するのかといった、一体Cool Editがなんのソフトだったかを忘れさせるような記述が続く。はっきりと明記こそされてはいないものの、力の入れようからして明らかにCool Editの目玉機能の一つと思われる。
ちょうどこの頃私は、習い始めて間もないヨガ講座の先生の指導の元、初めて深い瞑想状態を経験しており、これをきっかけに平常時と異なる精神状態を呼び覚ます、各種手段に興味を持ち始めていた。
Cool Editのマニュアルは機能の詳細にまでは踏み込まないまでも、とりたてて非科学的な要素も見当たらない。さすがに用法を誤ることで脳が再起不能となるまでに溶けることもなかろうと思い、とりあえず試してみることにした。
作成したのは以下の2つ
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好きな某シンガー・ソング・ライターの作品の中うち、ゆったりとしたバラードから瞑想的なインストまで、計30分間に相当するトラックを選ぶ。順に静かになるよう並べ、クロスフェードで繋いで一本化。
最後に、大体以下の流れで"Brainwave Synchronizer"を適応する。
揺らぎ量ゼロ → 間もなく15Hz周期の揺れが掛り始める
→ およそ15分かけて、揺れが4Hzほどまで遅くなる
→ 数曲にまたがりおよそ15分間揺らぎが続く
→ 最後の曲の間に、揺れの効果だけが徐々に抜ける - 同ソフトでCDにめいっぱい入る尺のピンクノイズ(ザーッというノイズだが、比較的低音が豊富で耳に痛くない)を生成し、同様の処理を施す。開始から15分後に4Hzまで下がった揺らぎは、次に0.4Hzほどの速度で大きく左右に揺れ、それがCD終了まで続く。
この2つをそれぞれCD-Rに録音し、今日が(1)なら翌日は(2)と、就寝前に交互に聴くのを繰り返してみた。
ステレオ・ヘッドフォンの中に再現されるリバーブの深い音楽を聴きながら眠りに落ちるのは、元来嫌いではない。はじめの数日間は特に目立った変化もなく、波音にも似たノイズの音に身を委ねながら気持ちよく眠る程度だった。こういったことはすぐに効果が現れずとも、日々続けることにより徐々に変化があるのかも知れないと思いながら継続する。
かくして二週間ほどの後、変化は突然やってくることになる。 感覚としては、初めてステレオグラムが見えたときに似ていたかも知れない。諦めかけてぼーっと眺めていたCG映像の中から、突如異様な距離感をもって視覚が像を結ぶ瞬間。
その日もいつもと同様、横になり、左右に揺れながら徐々に揺れ幅を深く、ゆっくりと落としてゆく音源に身をまかせていた。
突然、なんの前触れも無しに重力が溶けるのが感じられた。続いて四肢がどこかに消え、通常は身体の頭頂部に感じられる自分の意識が、残された肉体の中央に降りていった。意識を中心に、身体が丸い肉塊へと変形する。そして間もなく、その肉体さえも時間の感覚とともに消失し、私の精神だけが宇宙に浮かんでいた。
あまりに突然の出来事に怖くなり、思わず叫んで跳ね起きると、そこはいつもと変わらない寝室だった。すぐに起きなければ、二度と自分の身体に戻れなくなるのではないかと思うぐらい、意識が肉体から遠く切り離され、そしてすぐに戻ってきたのだ。
この時の経験を「幽体離脱」といった霊的なもののように捕らえるつもりはない。単に、覚醒した(目の醒めた)状態にありながら肉体の感覚が完全になくなるぐらい、身体を脱力させることに成功したのだとも考えられる。
先述のように、この頃ヨガを習っていたこともあり、リラクゼーションの自己制御について意識し始めた時期でもある。
リラックスをするという行為は、簡単そうでいて意外とスキルが要る。少なくとも元より不器用な私には、脱力は鍛錬さえ必要とした。
完全に脱力したつもりでいても、ヒトは大抵どこか力の抜けきれない部分がある。教わった典型的な箇所として、舌の根元の方、あるいは、眼球の裏側付近といった箇所がある。一度、リラックスした状態でこれらの部分まで本当に力が抜けきれているいか、試してみるといい。意識的に力を抜かない限り、大抵は少し力んだ状態にある。そういったテンションの残る箇所に無意識に働く意識が、精神が完全に肉体のことを忘れ去るのを妨げる。
これが、私がヨガの講座を通じて学び実際に体感したことである。余談になるが、私が参加した「ヨガ教室」なるもの、以上のような鍛錬を通して音楽演奏に不要な「りきみ」を取り去り、演奏精度の向上を目的とする「Yoga for musicians」という講座になる。私が在籍した芸大のれっきとした単位の対象となる講座にして、他学部からの参加者も後を絶たない人気講座の一つであった。
また、音源の効用についても、どこまでも生理的な反応と解釈できる。たとえばその場でぐるぐる回ると眩暈がするように、あるいは急に立ち上がると立ち眩みがするように。はたまた、薬物の影響下において、距離や方位の把握能力だけが見事に麻痺するように…適度に力が抜けたところへ4Hzの揺らぎが軽い眩暈のようなものを起させ、覚醒したままで脱力するきっかけを与えてくれたのかも知れない。
怠惰な学生生活の中にあり、時間的余裕にモノをいわせ、この後何度かこの経験を繰り返した。慣れてきた頃には跳ね起きることもなく、今がいつなのか、自分がどこにいるのか、果ては自分が誰なのかさえ判らなくなるトリップ感覚を楽しんでいた。
ただでさえ日常とかけ離れたところにありながら、体験するのに多少の手間がかかるため、あまり他人には勧めたことがないが、少なくとも自分は、これを再現性のある生理的な現象として記憶しており、オカルトと結びつけたことはなかった。
しかし、就寝前にリラックスできる環境を整え、うっかり眠りに落ちないよう十分な気力を残しながらこの作業に取り組むのは案外難しい。卒業後に働き始め、一日の時間配分が変わるにつれ、この体験や瞑想に対する優先順位は自ずと下がり、私の生活からは徐々に薄れ、消えていった。
やがて数年後、あることをきっかけに、私が途中で投げ出したプロセスの延長線上に「霊的な」臨死体験と断定できるものがあったことを知る。いや、正確には断定している団体があり、世界的な規模で活動しているのを知ることになる。
以前、JR奈良線のN駅前に、Fという今は無きアートギャラリーとカフェ・バーを兼ねた店舗があった。2001年の秋頃からこの店に通いはじめ、同じく出入りしていたNさんともこの頃に知り合った。Nさんはあるゲームデザイナー養成校でデザインを教えており、ご自身も度々、モダンアートの作品展を開いていた。写真で見せていただいた限りではあるが、一人では裁きようもない、巨大なルービックキューブなどが印象に残っている。講師としての勤めと並行してであったか、完全に辞めたのであったかは失念したが、その頃、直接絵画を販売することで生計を立てる生活に移行を試みていた時期だった。初めて自分の作品が売れたことに対して、自らの手による創作が「人の感動」を経て、生活の糧として還元されるまでの過程を感慨深そうに語って下さりもした。
ある日、ならまち(奈良市の現市街地南に広がる、江戸・明治・昭和前期の町屋が立ち並ぶ一帯)の閑静な町並みを散歩中、そのNさんにばったり会った。つい最近、そこからほどない距離にご自身のアトリエを構えられたというので、その足で私の知人と二人、お邪魔させていただくことにした。
案内されたNさんのアトリエ兼住居は、正面から見ると少し洒落た造りの戸建。なぜか裏手に入り口があり、そちらに回ると表からは死角になる場所に広大な庭が広がっていた。敷地面積を思うと、非常に控え目に建てられた家屋の、庭に面した一面がガラス貼りになっており、ちょうど作業場となる部屋からは新地のままの庭がいつでも見渡せるようになっていた。Nさんによると、雨の日などはなかなか赴きがあってよいとのことだった。落ち着いて創作に専念するには、実に理想的と思われる羨ましい佇まいである。
知人と二人、中に通してもらい、一段落した頃にNさんが「島本くん、こんなの知ってる?」と言いながら一枚のCDを出してきた。
米国から個人輸入したらしい、すべて英語表記のCD。本場Tower RecordならばNew Ageのコーナーか、Nature Shop辺りでプッシュされていそうな装丁の、ヒーリング・ミュージックCD。
Nさんによると、これには「ヘミシンク」という技術処理が施されているらしく、効用について詳細を伺うほどに、かつて私が"Cool Edit"で作って遊んでいたものに通じるところがあるように思われた。なるほど、ジャケットにはヘッドフォン着用との記述と併せて、運転中には聞かないようにとの注意書きがある。
手近なデッキで聴いてみると、スピーカの質のせいで音が揺れているかどうかは判らなかったものの、おせじにも上等とは言えないチープなヒーリング「っぽい」音楽が収録されていた。強いていうなら、喜太郎か姫神か、Cuscoのなり損ないのような。
Nさんの熱弁は続く。このヘミシンクの効能は凄まじいらしく、なんでも米国にある「モンロー研究所」という、ヘミシンクに関する研究機関を訪れたチベットの高僧は驚愕とともに、こう漏らしたらしい。
「やってくれたな、アメリカの民ども!!我々が何十年もかけて到達する境地に、ものの数分で至る手段を発見なすった!!」と。
チープなシンセ音を散りばめたCDはさておいて、このヘミシンクにまつわる話は大変興味があった。数少ない日本語リソースの一つとされる書籍をNさんが貸して下さるとのことなので、持って帰って読んでみることにした。
さて、この書籍、タイトルはストレートにも「臨死体験」という。タイトルからは想像もつかない内容は、著者が米国にあるモンロー研究所を訪れ、そこで見たものについてである。先のチベット僧の発言とやらも、多少文面は違ったが元はこの本からの出典であるらしかった。
このヘミシンク研究所では、決して安価ではない参加費を支払うことにより参加できる、離脱ワークショップが催されている。期間中、参加者は研究所内に滞在し、各講座を通じて「技能としての死後体験」を身につける。
この書籍をNさんに返却して久しく、手元にないため詳細については書けないのが残念であるが、おおよそ以下に相違ない内容の記述が確かあった。
- ワークショップのn日目において、参加者全員で離脱を試み、○○○(なにかしら空間の名称)に留まる地縛霊に近い存在の霊魂と出会い、別の空間へと案内したこと。
- その霊魂の年齢や人種に関する詳細な記述。
- 著者が研究所のカリキュラムに従い、カプセルのような室内で寝ていたところ、別の参加者である一人の女性の気配を感じた描写。この女性は他の参加者の中においても一際強いオーラを放っており、著者が翌朝、自分の部屋に来なかったかと尋ねたところ、彼女は肯定するような発言をした。
研究所内では、離脱の補助ツールとしてこの「ヘミシンク」処理によるステレオ音源を聴く描写がたびたび出てくる。
その他の関連書籍や、ヘミシンクが誘う死後世界については、「ヘミシンク」をキーに検索すれば結構な数の国内サイトが出てくる。その真偽はさておき、概要からして衝撃的な内容の本が複数出版されているようなので、詳細については各種サイトでぜひ確認して欲しい。
さて、Cool Editに内蔵されていた"Brainwave Synchronizer"とヘミシンクの関連が気になりはじめGoogleで検索をしてみたところ、やはり「ヘミシンク音源作成のためのツール」として、同ソフトの、同機能について記述されたサイトが多数見つかった。("hemi-sync" & "cool edit" の二語で検索)。また、Cool Editの製作チームとモンロー研究所の関連こそ特定できなかったものの、本家Wikipediaで"Hemi-sync"の関連ページに"Brainwave synchronization"があった。後者のページの記述は"Cool Edit"のマニュアルで詳細に書かれていたものとほとんど違わない。
やはり、Cool Editの主要機能である"Brainwave Synchronization"なるエフェクトは離脱体験に常用されており、少なくとも製作側も、脳波の制御(あるサイトは「脳のハック」と形容していた。言い得て妙である)を主な目的としてこの機能を搭載していたようだ。
さて、2002年頃をピークに、大手ソフトウェア・メーカーによる、オーディオソフト・ブランドの買収がトレンドとなる。それまでの十年あまり、「マルチメディア・パソコン」という実態のない言葉だけが一人歩きしていた時代を経て、PCによるCD編集、DVD観賞が末端まで裾野を広げた。一説では、デジタルオーディオに関するノウハウを手っ取り早く得る手段として、蓄積のあるメーカーを手中に収める方が早いとの決断を、各種メーカーが皆一斉に下した、ということらしい。
よく知られるところでは、作曲ツールとしては飛ぶ鳥落とす勢いでシェアを伸ばしていたLogic(Emagic社)の、アップルによる買収が、ガレージバンドの開発に繋がったとされる。(余談だが、これにともないLogicのWindows版開発が終了し、Windowsマシンをメインに据えているクリエイター方は多大なる迷惑を蒙った)。Roland(あるいはEdirol)は、Cakewalk社(Sonar)を買収こそはしなかったものの、それまでの国内販売代理店という立場から一段ステディになり、開発面での連携をより強化すると公式に発表した。
そして、これまで述べてきたCool Editの製作・販売元、Syntrillium Softwareを吸収したのが、他でもなくAdobe社である。現在同社より販売されているAuditionというオーディオ編集ソフトは、デザインが一部モダンに変更されたものの、基本的な機能や画面レイアウトは、ままCool Editを踏襲している。ただ一点、"Brainwave Synchronizer"のボタンがどこかに消えてしまったことを除いては。いや、正確にはかつて"Brainwave Synchronizer"と呼ばれた機能は"Binaural Auto-Panner"と名称を変えたのだ。要するに、脳波をハックするために存在した機能が、いまでは特殊効果として音像を揺らす機能に成り下がったのだ。もちろん、マニュアル内の説明もそのように簡素化され、脳波に関する一切の記述が消えた。
Adobe社がどのような理由でこの機能の名称を変え、Cool Editの最も強力な一面を半ば闇に葬ったのかは、今となっては推して測るしかない。
2006/07/25
(前エントリの続き)
Cool Editのマニュアルを久しぶりに出してきました。
参考文献の中にモンローだのヘミシンクの単語が確認できました。
詳細はまた後日、作成した音声ファイルと併せて
2006/08/05
ヘミシンク?もどき
WAV file 44.1kHz/16bit/stereo (497,448,048 bytes)
★使用方法
44.1kHz/16bit/Stereoのwavファイルです。
お好きなツールでCDRに書き込んで下さい。
★注意
- ヘッドフォンで聴くこと。
- 「絶対に」運転中は聴かないこと。
- 自己責任で使用すること。
- 再配布自由。
★ガイドライン
…というほどのものはありません。
効用には個人差がありますが、私自身のお勧めは
- 最低15分は聴くこと (そもそも最初の5分ほどは徐々に効果が深まるセクションのため、ここだけでは効果はありません。)
- 毎日1~2回、数日は試す。(私は二週間ほど経った頃に、突然きました)
- 部屋の照明を落とし、仰向けに寝転びリラックスした状態で聞く。
(ヘッドフォンが圧迫されるので枕の使用は困難) - 軽い柔軟体操で全身をほぐした後なら、なおよし
- 脱力。「四肢はもう二度と動くことはない」と念じる。止まることなく自律的に呼吸を繰り返す、肺の動きを客観的に観察できる状態が理想的。
- 雑念は下手に消さず、心に浮かぶよしなし事を「客観的に観察」する気持ちで
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